旧(ふる)い石畳の道を往く
遠い昔の人々が切り拓き、行き交った街道や旧道。今でも当時の姿を色濃く残すスポットがあります。中でも、人々が大きな労力をかけて敷設したであろう石畳の道は、当時の景色を今に伝える趣深い場所ばかりです。そんな旧い石畳の道を巡って、歴史のロマンに身体と心を浸してきました。
- 参勤交代の石畳・二重峠石畳(阿蘇市)
- 草枕の道・石畳道(熊本市)
- 八勢目鑑橋と石畳(御船町)
江戸時代にお殿様も往還した石畳が残る、阿蘇の街道
参勤交代の石畳・二重峠石畳
熊本市と大分県大分市鶴崎を結ぶ約124㎞の街道「豊後街道(ぶんごかいどう)」。かの加藤清正公によって拓かれた道で、参勤交代に用いられた街道です。
その一部、阿蘇市の山の中を進む箇所は坂道が多く、風雨などで道が荒れてしまい石畳を敷いた箇所が、今も残っています。
北側復旧道路・車帰IC近くの「坂ノ下菅原神社」横から「二重峠」(ふたえのとうげ)まで約1.6kmに渡って、幅約3mの石畳の道がつながっています。これだけの長さの石畳が残されているのは貴重なのだとか。
「坂ノ下菅原神社」と「二重峠」のどちらにも駐車場があり、そこからすぐに石畳の道を見ることもできるのですが、今回はせっかくなので、思い切って全1.6kmを歩きながら歴史を感じてみることにしました。
駐車場に車を駐めて往復することになるので、行きは上り、帰りは下りになるように、「坂ノ下菅原神社」横をスタートにしました。
鳥居から横に進むと…。
石畳の道、スタートです。なお、この石畳の道は文化財となるため、車・バイク・自転車など車両の立ち入りは禁止されています。徒歩でゆっくり巡りましょう。
まず、右手に見えてきたのが「参勤交代の檜」。樹齢約500年と言われる老木で、なんと檜に杉が宿り木しています。近くには観音堂も。
杉林に囲まれた石畳の道を進みます。
少し進むと、駕籠据場跡。急な傾斜に備え、籠をおいて休憩するための場所です。ということは…。
ここから、上り坂がきつくなってきました。石畳に足を取られるので、歩きやすい靴で臨む方がよさそうです。
なかなかの傾斜が続きます。ちなみに、途中、溝が横切るように作られているのは「排水溝(水きり)」で、山水を流して石畳の流出を防ぐ排水施設です。随所に当時の工法の素晴らしさを感じられます。
不規則な形、大きさがギッシリと敷き詰められた石畳。この敷設には、付近の村に住む農民が駆り出されたのだそうです。
割ろうとした工具の跡が残る石。使役された農民達の苦労が見えるポイントです。
江戸時代の人々と同じ石畳を踏んでいるのだと思うと、歴史ロマンを感じます。
一旦、車道を渡り、石畳の道後半に進みます。背の高い杉並木だった麓の方の道から、少し木々の景色が変わってきました。
とはいえ、まだまだ上ります。運動不足だと、少しだけキツいかもしれません。
やがて、阿蘇らしい草原の景色が見えてきました。
道沿いには、江戸時代の歴史書に記述が残る湧水「牛王(ごおう)の水」。
訪れたのは、ちょうどススキが姿を見せ始めた季節。秋らしい景色も楽しみながら、歩みを進めます。
景色を楽しみながら、さらに上ります。このように傾斜のあるつづら折りの坂道にも石畳が敷き詰められているのを見ると、当時、手作業でこの石を敷いた工事がいかに重労働だったのかに思いを馳せてしまいます。
阿蘇の山々を望めるスポットで、ちょっと休憩しつつ…。
つきました! 二重峠の入口です。石畳の向こうに阿蘇谷の景色が抜けて見える、抜群の絶景スポットです。
ここまで約1時間の道程(ちなみに、下りは約40分で戻れました)。当時の参勤交代の道の険しさに思いを馳せながらも、ハイキング気分で楽しめた旧道散策でした。
豊かな歴史と阿蘇の自然を同時に楽しめる、参勤交代の石畳散策、ぜひおすすめしたい道です。
スポット名 | 参勤交代の石畳・二重峠石畳 |
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住所 | 熊本県阿蘇市車帰 |
駐車場 | 二重峠7台、下菅原神社前約10台 |
問い合わせ | 阿蘇市教育委員会 TEL 0967-22-3229 |
備考 | 石畳の道は国指定文化財(史跡)となるため、車・バイク・自転車など車両の立ち入りは禁止されています |
夏目漱石の小説の舞台になった道を歩く
草枕の道・石畳道
「山路を登りながらこう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。とかく人の世は住みにくい」から始まる、夏目漱石の代表作の1つ「草枕」。
熊本で第五高等学校教授を勤めていた漱石が、正月をゆっくり過ごすために小天(おあま)温泉にある前田家別邸を訪れた旅程を題材に描かれた小説です。
このとき漱石が歩き、冒頭の「山路」のモデルとなった道が、熊本市西区島崎から玉名郡天水町(たまなぐんてんすいまち)につながる当時の幹線道路。現在は「草枕ハイキングコース」として整備されていますが、その中に当時の面影をそのまま残す区間が残されています。
場所は、県道1号線から脇道を少し上った場所。案内版が導く先には…。
木立の中に伸びる、苔むした石畳の道が見えてきました。緩やかな上り坂になっています。高い木々に包まれてしんとした雰囲気。先ほどまで歩いていたみちとは空気が変わったように感じます。ちなみに、石畳に足を取られやすいので、ヒールなどは避けた方がよいでしょう。
さらに足を進めると、竹林が見えてきました。徐々に暗くなり、さらに趣が増します。
この石畳の道は、漱石が歩いた当時の面影をほとんど残していると言います。明治の世にいるような妄想をしながら、石畳を踏みしめて進みます。
やがて、両側ともに竹林に挟まれたゾーンへと来ました。訪れた日は晴天だったのですが、ここは薄暗く神秘的な空気に包まれ、日常から切り離されたような感覚になります。
深い竹林の向こう、遠くに日光が見えます。とにかく、どこを見ても絵になる景色です。
竹林ゾーンを通り抜け、さらに歩みを進めると…。
ミカン畑が見える道に出ました。この石畳の道がある河内町は、ミカンが名産です。漱石が歩いた当時もミカン畑はあったのか、などとまた、思いを馳せます。
道はまだまだハイキングコースとして続いていますが、十分に石畳を堪能したので、ここまでで折り返しました。
熊本市内に佇む、静謐とした石畳の道。できれば「草枕」を読了の上、訪れたい場所です。
スポット名 | 草枕の道・石畳道 |
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住所 | 熊本市西区河内町岳 |
問い合わせ | 熊本市観光政策課 TEL 096-328-2393 |
ちなみに、「草枕の道」の石畳の道をずっと上ると、野出ノ茶屋跡につながっています。「草枕ハイキングコース」の一部です。駐車場も整備されているので、景色を楽しみに訪れるのもおすすめです。
「草枕」の一節「おい、と声をかけたが返事がない」の舞台となった茶屋の1つが、ここにかつてあった御茶屋だと言われています。今は展望公園として整備されており、雲仙普賢岳一望の景色は圧巻です。夏目漱石がこの場所からの景色を詠んだ「天草の後ろに寒き入日かな」という句碑も掲げられています。
スポット名 | 野出ノ茶屋跡 |
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住所 | 熊本市西区河内町野出 |
駐車場 | 10台 |
問い合わせ | 熊本市観光政策課 TEL 096-328-2393 |
商人が私財を投げ打ち作った石橋と石畳の道
八勢目鑑橋(やせめがねばし)と日向往還の石畳
熊本市の南側に位置する御船町(みふねまち)。この山手の地域にも、昔ながらの景色が残された旧道があります。それが、「八勢目鑑橋(やせめがねばし)」と、そこから連なる石畳の道です。
5台ほど駐められそうな駐車場から少し坂道を下ります。
車道から見えてきたのが、八勢川にかかる「八勢目鑑橋」。橋長56m、橋幅4.35m、橋高10.30mの大きな石橋です。熊本県指定重要文化財に指定されています。
反対側に回って端の全景を見てみると、実は奥の方に用水路が通じる小さなアーチがあり、大小二つのアーチを持つめがね橋です。この橋が作られたのは安政2年。山都町と御船町を結んだ日向往還の難所である八勢川沿いの渓谷を安全に渡れるようにと、御船町で酒造業を営んでいた林田能寛が私財を投げ打ち作った橋なのだそう。
通潤橋の建設を終えたばかりであった種山石工(たねやまいしく)の甚平・宇助が棟梁となって作られた、名工によるこの石橋。現在も、人が渡ることができる橋として整備されています。
そして、この橋に連なる道も、橋の建設の際に石畳が敷設されたそうです。その旧道へと足を運んでみます。
眼下に渓流を望む道は、石段になっています。
途中に、切り出した跡が残る石も。
この道の片側には岩壁がそびえています。ここから石橋と石畳用の石を切り出したのです。
歩みを進めると、緑が深くなっていきます。苔むした雰囲気で、苔好きの人にもたまらない空間です。
やがて、道のすぐ横に渓流が見えてきました。この道をずっと進むと宮崎方面に通じる日向往還ですが、ここで折り返すことにします。
天然の石畳の上を流れる渓流。この流れの激しさを見ると、石橋とこの石畳の道がない時代に渓流を渡るのにどれほど難儀したかが想像できます。
石橋の方へと戻り、スロープを降りて河川敷に整備されている広場へと来ました。こちらはめがね橋に垂直に設けられた水路の橋で、上を農業用水が流れるという、少し複雑な造りになっています。当時の石工の優れた技術を、近くからじっくり観察できるスポットです。
人々の暮らしを守るために1人の商人が私財を費やした八勢目鑑橋と石畳。そのバックグラウンドを知って石橋を眺めると、その姿がより凛々しく美しく感じられるようです。
スポット名 | 八勢目鑑橋と石畳 |
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住所 | 熊本県上益城郡御船町上野 |
駐車場 | 5台 |
問い合わせ | 御船町商工観光課 TEL 096-282-1226 |
中川千代美
長崎生まれ、熊本在住。地方出版社に勤めたのち、「チヨミ編集事務所」として独立。地域の子育て情報誌や生活情報紙をはじめ、幅広いジャンルの編集・ライティング・企画を手がける。食欲・物欲・お出かけ欲・温泉欲・ビール欲が赴くままに熊本・九州を駆け回る日々。趣味は二胡。
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