心のままに寛ぐ、一棟貸しの宿

周りを見渡せば、コロナ以前の日常がずいぶん戻ってきたようにも見えますが、まだまだ思い切り自由に楽しめる場所は多くはありません。そんな時、一棟貸しの宿なら家族や仲間と非日常を味わうことができますよ。今回は、ちょっとした秘密基地のような、はたまたどこか懐かしい故郷を思い出すような、バラエティに富んだ宿をご紹介します。
※新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から、施設へお出かけの際は、熊本県や各自治体が発表する最新情報、要請などをご確認のうえ、手洗いやマスクの着用、人と人との距離の確保など基本的な感染防止対策(新しい旅のエチケット)を徹底していただくようお願いします。
・スミツグハウス
・民宿 錦戸
・suyasuya
空き家再生で宿主に!街中の秘密基地で過ごす新しいステイの形
スミツグハウス

熊本城のお堀沿いに伸びる国道3号線(上熊本駅)から交通センター方面へ向かう「わが輩通り」の途中、「新堀橋」バス停からすぐの小高い丘の上にある古民家。真新しいマンションやコンクリートの住宅が建ち並ぶ中、ひっそりと佇む古い建物から迫り出す木製の空間を見上げて不思議に思っていた方も少なくないのではないでしょうか。ここは、熊本市内に5つの拠点を構える一棟貸しの宿「スミツグハウス」です。

県道沿いに2棟並んで建つ空き家の存在は、デザイン博士の末次宏成さんにとっても気になる存在だったとか。「元々、ここは20年以上空き家だったそうです。目立つ場所にあるにも関わらず、建物は荒れている。空き家再生の血が騒いでしまったんです(笑)」。帰熊するまでは、福岡を拠点に大学研究者兼建築デザイナーとして、空き家の改修やリノベーションを手掛けていたという宏成さん。2棟の古民家の真隣に位置する建物の建築に携わっていたご縁もあって、大家さんを紹介してもらったといいます。


大家さんにも建物の改修を快諾してもらった末次さんは、パートナーの彩良(さいら)さんとともに宿の経営を始めました。「この場所であれば宿がいいし、和風の建物は外国の方にも気に入ってもらえそうだな、と自分たちで宿を始めることにしたんです」と話します。
早速、傷んでいた箇所の修繕に取り掛かり、建物の耐震性を高めるなど、リノベーションを施した結果、見違えるほど豊かな空間に。2016年1月に、ゲストハウス「スミツグハウス」を開業したのです。


「今は、昔と比べると、旅のあり方もずいぶん変わってきましたよね。表面的な観光やレジャーとしてではなく、日常の延長線上にある自分らしい旅を求める人も増えてきました。その人のライフスタイルにスッと馴染み、ここでの暮らしをイメージできるような場を提供したいと思っています」と宿主でもある彩良さん。必要以上に作り込まない余白のある空間は「使うことで育っていく」と宏成さんも続けます。


さらに2棟と隣接する、2018年に完成したばかりの新築のゲストハウスへ。北欧のアンティーク家具に彩られた空間を見上げれば、高い吹き抜けの空間を支える剥き出しの構造材が走る天井に目を奪われます。建物の構造そのものがダイナミックかつリズミカルな空間のアクセントになっているのです。
「柱の少ない開放的な空間で建物自体の十分な強度も確保しようとしたら、結果的にこんなしつらえになりました」と宏成さん。「真新しいものより、いつ建てられたのか分からないくらいが好きですね」と話す宏成さんの建築デザイナーとしてのポリシーが垣間見える色褪せない魅力を放つ空間は、宿泊だけでなく建築の面白さを体感するのも醍醐味だといえそうです。


今年は、ゲストハウスの隣に陶芸のアトリエを構え、滞在日数に応じてペットのフィギュアや骨壷を作る陶芸体験プランもお目見え(3棟のうち1棟はペット同伴可、ベランダを活用したドッグラン付き)。15年以上陶芸に親しんできたという彩良さん自ら講師としてレクチャーしてくれます。今では、宏成さんも土鍋やバターケースを作るなど、夫婦で陶芸に勤しむ日々だとか。「僕も素人なので、誰でも簡単に愛着の湧く作品を作れる方法を研究中で、作品のバリエーションを増やしている最中です。旅も、作品も、思い出に残るものを一緒に作り上げていくことができたら嬉しいですね」。


最後に過ごし方の提案を尋ねてみました。
「出張シェフを呼んでパーティしたり、私たちのオススメスポットを描いたトランプで明日の目的地を決めてもいい。目と鼻の先にある熊本城の二の丸公園を散歩もオススメです」と優しく教えてくれた彩良さん。
街中まで徒歩で行ける好立地で、地域の日常に溶け込む感覚を味わえる「スミツグハウス」。ここなら、普通の宿とは一味違った旅が叶えられそうです。
スポット名 | スミツグハウス アトリエ棟スイート |
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電話番号 | 096−288−0641 |
所在地 | 熊本市中央区京町1−2−11 |
HP | スミツグハウス はこちら(外部リンク) |
宿主の幼い頃の時間を追体験! 懐かしさと自由を感じる苓北の宿
民宿 錦戸

熊本市内から天草郡苓北町まで車で約3時間。なかなかのロングドライブですが、それでも年に1度は訪れたい宿があります。民宿「錦戸」。ここは、友人が毎年合宿で利用していると聞き、ある時、海水浴の帰り道に訪れて以来、その自由な魅力にハマってしまった宿です。以前は、部屋ごとの貸し出しをしていましたが、コロナを機に一棟貸しの宿になりました。キッチンも、ダイニングも、懐かしい床の間のある和室も、2階の部屋も丸ごと使えます。


「12年前に母親が突然始めた民宿を任されました。僕は当時、東京で写真家として活動していたのですが、民宿のオープンを機に生まれ故郷である苓北の町に帰ってきたんです」と話すのは、宿主の錦戸俊康(にしきどとしやす)さんです。現在は、宿業の傍ら写真家として定期的に個展を開催するほか、同じ天草を拠点に活動する人々とともに精力的な活動を続けています。



一棟貸しのスタイルに切り替えたことで、これまで以上に写真家としての活動に打ち込めるようになったという錦戸さん。民宿の中には、これまで錦戸さんがインスピレーションを得てきたであろう雑貨やポスターがソッと飾られています。宿主が経てきたカルチャーを追体験する感覚を味わえるのも、民宿「錦戸」の魅力です。


例えば、“エビ捕り”もその一つ。毎年6月の後半から9月上旬まで、民宿のすぐそばを流れる小川で手長エビが捕れます。「僕、昔からこのエビ捕りの才能だけはあるんです。最初は素手での捕まえ方を教えていたのですが、ここしばらくは網を使って誰でも手軽に楽しめるエビ捕りを提案しています」と錦戸さん。このエビ捕りのため毎年ここを訪れる人もいるほどだとか。昼間は山歩きを楽しんだり、夏の夜は美しく澄んだ空気の中で天の川を肉眼で眺めたり。眼前に広がる海では一年中、釣りが楽しめます。


「正直に言うと昔は苓北の町のことが嫌いでした。だけど、帰郷して12年過ごすうちにだんだんと好きになってきましたね。すぐそばにきれいな海があること、毎日変わる天気のこと。特別な何かがあるわけではなく、どこにでもある日常ですが、その価値を改めて見直しているところです」。
一瞬を捉えるためにひたすら走ってきた写真家として今、再び過ごした時間を振り返っているという錦戸さん。ここを訪れた人は、宿主の幼き記憶と同じ、穏やかでみずみずしい自然と戯れることができるでしょう。

スポット名 | 民宿 錦戸 |
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電話番号 | 0969−36−0555 |
所在地 | 天草郡苓北町都呂々127-5 |
HP | 民宿 錦戸はこちら(外部リンク) |
心にかかった霧が晴れる。本とお茶と過ごす山の奥の宿
suyasuya(すやすや)
福岡県との県境に位置する山鹿市鹿北町。山間地で朝晩の寒暖差があることから、昔からお茶やお米をはじめとする農作物の栽培が盛んな地域です。中でも江戸時代から熊本城の献上茶として重宝されている「岳間茶」は絶品で、その品質はまさにお殿様のお墨付き。車でようやくたどり着ける山深い場所に位置しますが、自然の生命力みなぎる地域。そんな里山の日常の中に宿「suyasuya」はあります。


非対面式で宿主と顔を合わせることはない宿ですが、ほんの少しだけ宿主のことを紹介すると、宿主の岩崎美月(いわさきみづき)さんは、元々「地域おこし協力隊」として山鹿市に移住しました。それまでは、熊本市内で販売員をしていたそうですが、熊本地震の影響で建物が倒壊。当時から騒々しい街中で過ごすよりも、田舎巡りをすることが好きだったこともあり、仕事を続けることが難しくなったタイミングで、移住・転職を決めたそうです。


宿の建物は、1年間の仮住まいから本格的に拠点を決めようとしたタイミングで、新居の候補として上がっていた物件だとか。
「大家さんがご高齢になられて、家の手入れをし続けることが難しいとおっしゃっていたことがきっかけでした。本当に手入れの行き届いた立派な家だったので、住むよりもここを拠点に何かできたらいいなと建物を借りることにしました」と岩崎さん。当初は、シェアハウスとして運営していましたが、2020年からは一棟貸しの宿としてオープンしました。



カウンターにずらりと並んだ茶器は、宿泊者が自由に選んで自らお抹茶を点てて飲むことができます。おもてなしの和菓子は、移住と同時にこの地域に暮らす先生の元で茶道を学び始めたと言う岩崎さんらしい計らいです。


食事やドリンク類などの持ち込みは自由ですが、夕食付きのプランを希望すれば、宿からほど近い距離にある「岳間の間」もしくは「もみじ庵おがさわら」の味を堪能できます。また、夜は良泉として知られる山鹿の温泉にゆっくり浸かって、自然の恵みを全身で感じるのもおすすめです。
また、宿から車で5分ほどの場所にある「ヤマノオク雑貨店」では、店主として岩崎さんが店頭に立っています(営業日は不定期のため インスタグラム@yamanooku.zakka をチェック)。インドやメキシコ、スペインの雑貨や洋服、ハンドメイドのアクセサリーなどが並んでおり、一期一会の出会いを求めて何度でも訪れたくなる空間です。
「宿が伝えられることはほんのわずかしかありませんが、時にはTVやSNSから距離を置いて、月や星を眺めるアナログな時間を過ごしてもらえたら、と思っています」。そう話す岩崎さんの清々しい笑顔が、何よりここで過ごす時間の豊かさを物語っていました。
スポット名 |
suyasuya |
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所在地 | 山鹿市鹿北町椎持3192 |
HP | suyasuyaはこちら(外部リンク) |
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中城明日香
大分県生まれ、熊本市在住の編集者・ライター。
地域の出版社・編集プロダクションを経て、独立。
自然、暮らし、農業、教育、観光、ファッション、アートなど、“毎瞬”を楽しむ姿勢で幅広いジャンルの記事を手がける。仕事もプライベートも書くことが生業。