日本一のい草の生産地として知られている八代地方。その起源はおよそ500年前、人吉・球磨地域を勢力にしていた相良氏が八代を攻め落とし、家臣の岩崎主馬忠久が上土城の城代を務め、領内でい草を栽培するよう奨励したのが始まりだったといわれています。
しかし、畳を使うことは明治維新前までは位の高い身分の人しか許されませんでした。明治時代になり制限はあったもの、畳表をはじめ広くい草製品が織られるようになりました。
赤、青、黄など、色鮮やかに染色されたい草を用いて織られるカラフルな「花ござ」は、敷きござのほか、ランチョンマットやコースターとして、またい草のバッグなど現在の生活に密着した新たない草商品の開発が進められています。
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