食だけでなく、人間関係も発酵だと語る博美さん。「人との出会いや人間関係はシンプル。出会った人とうまく発酵できたら、関係性も熟成していくと思っています」。
それは、食材の生産者や器の作家なども同じ。ここでは紹介しきれないほどの人々が「Peg」を支えている。
宇城市豊野にある「たから農園」の高田さんご夫妻は、固定種・在来種をメインに、有機栽培された野菜を出荷している。
さらに、厳選した野菜から種を採り、植えるという、手間と根気を要する農業をおこなっている。全国でも少ない種採り野菜の生産者で、年間50〜60品種を栽培。
博美さんとは7年来の付き合いで、「とにかく野菜が美味しい。同じ大根でもさまざまな種類を栽培されているので、その違いに感動しますよ。それに、誰かが種をつないでくれたからこそ、こうして食すことができる。それを思うとまた感動します」。
さらに、今回、博美さんがどうしても使いたかったという器は、車で5分ほどの場所にある「まゆみ窯」のもの。一般的には、師事した窯の製法を受け継ぎ、小代焼きなどと名付けられるが、眞弓亮司さんの器は独自性に溢れたオリジナル。美しい色つや、程良く手に馴染む重厚感など、手にすると分かる独特の風合い。
玉名市にあるカフェ&ゲストハウス「HIKE」で販売されているのだが、人気が高く多忙なため、現在「Peg」ではパン皿として使用しているが、「何年でも待つので、メイン料理に使う皿をお願いします!」と懇願しているとか。その時を、楽しみに待ちたい。
続いては、食事の途中で登場するパン。そのままでも、ソースをつけても、とにかく「Peg」の料理に合うものを、とこだわったそのパンは、奥さまが手掛けたもの。
母屋で週4日、火・水・金・土曜のみ営業するベーカリー「ROK」には、自家製酵母のパンが並ぶ。
「粉の主張がありすぎる全粒粉は避け、シンプルに生地の旨味を感じる高加水・長期熟成のパンを作っています。営業日の2日前から生地の仕込みがはじまり、当日の早朝に焼き上げ、12時のコースのスタートには食べごろになるように逆算しています」と加奈子さん。
彼女もまた、無農薬だ、オーガニックだ、と言葉だけに惑わされず、「この人に出会って素敵だと感じたから…」と使用する食材をセレクト。「誰が作った塩、誰が作った米」と、一つのパンに込められた幾人もの想いが詰まった、そんなパンがいただけるのだ。
コースの肉料理には、博美さんが熊本出店を決め、固めたコンセプトを叶えるためにキーパーソンになった生産者の物語が込められている。「熊本で店を構えるにあたり、本当に信頼できる生産者さんを探していたところ、『玉名牧場』の矢野さんに出会ったんです。そこから、さまざまな生産者仲間を紹介していただきました」。
「玉名牧場」は、その名の通り玉名市にある牧場。山道を走った先、自ら森を切り開いた東京ドーム3個分の土地で、わずか32頭のジャージー牛を放牧している。穀物飼料や配合飼料を与えず自然のままに育てるという独自の肥育法が、全国的にも知られている酪農家だ。料理には、酵母菌で発酵させた熟成タイプのチーズ「ルミエール」と、仔牛が炭火焼きとして登場する。
一頭一頭に名前が付けられ、愛情たっぷりに育てられているため、矢野さんご夫妻がいると甘えにやってくる
24年目の牧場内で最年長のみくちゃん19歳。16回もお産を経験したベテラン
なぜ、博美さんが仔牛を選んだかというと…、まだ多くは知られていない畜産業界の課題があった。
「乳牛を飼育する場合、必要なのは乳の出る雌。雄はうちの場合、1頭で十分です。生まれてくる仔牛の中で雄が産まれてくると、その多くは殺処分・廃棄されているのが現状です。うちでは、せっかく産まれた命を無駄にしたくない…と考え、名前を付け、半年間大切に育てた後、屠畜・解体し、飲食店などで活用していただいています」。矢野さんは、まだ幼い仔牛たちを眺めながら、そう語る。
「玉名牧場で育った仔牛は、タンパクで美味しいんです。大切に調理させていただいています」。博美さんは、矢野さんから枝肉を受け取る際、必ず名前を聞くという。
「Peg」で味わえる食は、人と人が出会い、発酵し熟成された賜物。美味しさの向こう側を垣間見、力強さを感じるだろう。