卓磨さんの料理の多くは、天草・宇土半島の食材が使われている。これは、イタリアの郷土料理のように、風土をうつした「食卓mano」の料理にはごく自然なことだ。
京都時代から、網田に憧れを持ちリサーチを重ねていた卓磨さんだが、宇土が故郷ではありつつも、長く離れていたこともあり人脈はほぼゼロ。幾度も足を運ぶも理想の土地にもなかなか出会えず、まずは戸馳島にある「花のがっこう」で店を開くことにした。
「洋らんの栽培が盛んな地域で、『花のがっこう』はその魅力を伝える施設でした。そこでお店を営業できたことで、たくさんの方に出会いご縁が繋がっていきました。今、お世話になっている方々に出会えたのも、今の場所に出会えたのも、『花のがっこう』があったから。どれも欠けてはいけない時間でした」。
こうして出会った人、そして食材、器……、一つひとつが「食卓mano」にとって欠けてはいけない。語り尽くせない出会いのほんの一部を、ここでご紹介したい。
お店の窓から見える景色には、海も山もある。
まずは、海の話から。コースのメイン料理に欠かせない海の幸を支えるのは、「湊鮮魚」の赤松大志さん。熊本の台所「熊本地方卸市場(通称・田崎市場)」で17年間、魚に関するありとあらゆる経験を積み、2016年に三角港に自身の店をオープンさせた。「食卓mano」と同じタイミングでのスタートは、自然と二人を繋げた。
取材の最中、赤松さんの携帯が鳴る。地元漁師からの電話を切り、「いいブリが揚がったみたいなんで、ちょっと行ってきてもいいですか」と取材陣に告げ、軽トラに乗り込む赤松さん。卓磨さんは、なんと走って追いかけた。そのくらいの距離感で水揚げされるのだ。
その日一番の活魚が悠々と泳ぐいけす。「こんなにお店から近い場所で、目の前の海から水揚げされた、新鮮で美味しい魚を仕入れることができるのが幸せで」。
眺めている卓磨さんの目は子どものように輝いている。
山に目を向けると、イタリア野菜などを育てる「畑ト台所 H-Farm」、そしてレモンを育てている農家の「本田農園」も欠かせない。店から車を数分走らせると、どちらの畑にもたどり着けるご近所さんだ。
「畑ト台所H-farm」の畑には、イタリアの黒キャベツ「カーボロネロ」や、イタリアの菜の花「チーマ・ディ・ラーパ」といった、聞き慣れない名前の野菜が元気いっぱいに育っている。多品種少量有機栽培を行う本田やすはるさんときえさん。「個性が強い品種が好きなんです」と、珍しい品種を見つければタネを手に入れ、苗づくりから行う。卓磨さんが、欲しいなと相談した野菜にも、快くチャレンジしてくれる。
「お二人の野菜は、美味しいのはもちろん、料理に彩りを加えてくれるんです」と卓磨さんも大絶賛。
「今、養鶏にもチャレンジしているんです。いずれはすべての食を賄えるようになるのが夢ですね」。やすはるさんの言葉にピクリと反応する卓磨さん。新たな網田産食材が増えることに、喜びを隠しきれない様子だ。
「この食材があるから、このメニューが生まれた」。「食卓mano」の料理は、それに尽きる。奥さまの朝子さんが手がけるレモンケーキが、まさにそれだ。
長年、レモンのお菓子を中心に作るパティスリーで活躍してきた朝子さん。お店を辞め、熊本でのオープンを決めた時、「今後はレモン以外のお菓子を作っていきたい」と考えていた。ところが、いつの間にかご縁がつながり、衝撃のレモンに出会うことに。
それが、本田やすはるさんの父・本田一幸さんが手がける、「本田農園」のレモンだ。「食べたときに、他のレモンとは全然違ったんです。香りも高く、果汁の味わいも深くて。これはレモンケーキを作らなきゃと思いました」。普段は穏やかな朝子さんも、このレモンの話になると興奮気味。
「柑橘というと日当たりのいい傾斜で育つイメージですが、本田さんのレモン農園は森。竹林に囲まれていて守られるように育っています」。卓磨さんも同じく興奮気味。
農薬・化学肥料・除草剤を使わない、有機栽培で育てた旬の農産物を届ける「熊本のいのちと土を考える会」。立ち上げメンバーの一人でもある本田一幸さんは、このレモンをはじめ、野菜やレンコンなどを網田で作り続けている大ベテランだ。
店の器やトレー、照明に至るまで、つくり手の顔が浮かぶ。ゲストを迎えてくれる扉、そのドアノブは、上天草市・野釜島の木工作家「DRAMA STUDIO」吉田健吾さんが作ってくれた。
吉田さんもまた、「食卓mano」のオープン時期に、熊本に移住し本格的に木工作家として歩み始めようとしていた。「こんなお店で扱ってもらえたらな、なんて妻と話しながら、お店に通っていましたね」と吉田さん。卓磨さんも、「近くに木工作家さんがいないかなって考えていたら、吉田さんから声をかけてもらったんです」。ここでも運命の出会いが生まれた。
吉田さんの作品には、アトリエの裏山や天草の木が使われている。卓磨さんの理想そのもの。丸太で届いた材木を自らチェーンソーでカットする重労働から始まる。この苦労があるからこそ、代表作の一つ「茶盆-sabon-」を生み出せると言う。木のパーツを組み合わせるのではなくくり抜いていく。途方もない作業だ。
「吉田さんは使っていく先まで考えてくださるんです。料理と器、それぞれがそれぞれを引き立て合うという感じ」。
卓磨さんが手にするのは、今回オーダーした敷板。伝えた希望は「野良っぽさ」。「自然で器っぽさのない器、器に見立てた器」だと言う。
「お二人のオーダーはいつも抽象的。それが、自分の目標になって、答え合わせしながら近づけていくんです。結果、私自身も想像していなかった作品が完成したりして(笑)」。今回の敷板は、あえて、吉田さんらしさ、作風を消し、「食卓mano」の一部になっていく作品を仕上げていく。
「いつか、梅田さんの器を使いたいと思っていたんです」。窯元巡りで訪れ、その後、憧れの存在となった網田の陶芸家・梅田健太郎さん。土も釉薬も、すべて宇土半島のものを使用し、のぼり窯の薪さえも自給自足。
捨てるものはないという。これほどまでに追求した陶芸家は、おそらく日本では珍しいだろう。
「食卓mano」に関わる一人ひとりが、実に個性的で魅力的。
「類は友を呼ぶ」。この言葉がピタリとハマる。