ふるさと寺子屋講師をお招きしてテーマに沿って語っていただく昔語り

No.163 「阿蘇は巨大な博物館」

講師/阿蘇たにびと博物館 館長 梶原 宏之氏

 阿蘇の大草原は、厳しい条件のもとで阿蘇に暮らす人々が、生きていくために知恵を働かせ、手をかけて守られてきた「自然」です。阿蘇カルデラ内の谷人たちの民族文化を調べ、子どもたちや都会の人たちに伝える活動を続ける阿蘇たにびと博物館館長・梶原宏之さんを講師に迎え、阿蘇の自然と文化がいかに育てられ守られてきたのか、また「屋根のない博物館」といわれるエコミュージアムが、阿蘇の魅力を充分に楽しむための新しいスタイルであるということについて語っていただきました。

自然と文化が守られている阿蘇

 阿蘇に住み始めた頃のこと、地元の人を乗せて車を運転していると「ひだりぃー」と言われたので左折かと思いましたら、お腹が空いたという意味だったことがあります。「ひだる神にとりつかる」なんて言い方もありますが、これはもう千年位前の言葉でして、確かに大昔は標準語でしたが、今でも阿蘇に生きていることに大変驚きました。
 お茶畑で霜の害から守るために扇風機を回すのをよく見かけますが、阿蘇では霜宮に少女が59日間こもり、阿蘇地方に霜の害がないように火を焚き続けています。これも昔からの健磐龍命と鬼八の伝説が暮らしの中に息づいているからですが、あの小さな神社で小さな少女が広大な阿蘇全体の霜害を防ぐというダイナミックさが実に阿蘇らしいなあと思います。
 阿蘇は大霜とか大雨とか大雪とか降りますが、一番困るのがヨナ(火山灰)です。阿蘇の人々は長年ヨナと戦い、痩せた土壌で必死に生きてきました。高森町上色見地区では昭和35年に田楽保存会を結成し、自分たちの命をつないできたツルノコイモ(里芋)を復活させています。
 そんなことひとつひとつに私はとても感動し、できることなら阿蘇の人全員をそのまま博物館で展示したいと考えました。

エコミュージアムについて

 実は私が取り組んでいる「阿蘇たにびと博物館」は、広大な阿蘇谷・南郷谷をまるごと展示室とし、そこに生きる人々や暮らしそのものを展示物として捉えようという博物館で、屋根のない博物館、エコミュージアムとも呼ばれています。「わかりやすく、楽しく、時にはおいしく」をモットーに、人々の思いや現場を大切にしながら、「阿蘇をさるく会」などで阿蘇の自然の多様性、文化の奥深さを紹介し続け、今年でちょうど10周年になります。

手をかけた大切な「自然」

 草原は何もしないでほったらかしのままですと、草が伸び木が生え、いつの間にか森林になっていきます。しかし、阿蘇では、春に野焼き、夏に放牧、秋に草刈りが行われることで、長年にわたって草原を維持してきました。また、放牧されたあか牛が草を食むことで草刈りをし、歩くことで急傾斜地の土を固め、糞をすることで肥料もまいてくれるという効果があります。牛はクララという草は苦いので食べません。一方で、このクララを好んで食べるのがオオルリシジミの幼虫です。希少なあの蝶もそれで阿蘇に生きられているわけです。このように阿蘇の自然は手付かずの自然ではありません。手をかけた大切な自然です。氷河期に大陸を渡ってきた植物が阿蘇にまだたくさん残っていて、遺伝子の宝庫になっています。阿蘇は森林化の進んだアジアの中でも貴重な草原です。人間と自然の関わりを考える大変よい例だと思いますので、これからも阿蘇の姿を多くの人にご紹介して、ともに考えていきたいと思っています。


野焼き
野焼き