ふるさと寺子屋講師をお招きしてテーマに沿って語っていただく昔語り

No.156 「草部吉見神社を語る」

講師/阿蘇自然案内人協会副会長 山村將護氏

 このほど高森町在住の山村さんが「阿蘇神話街道~草部吉見神話を原点として~」を上梓されました。神話と祭りの世界を、地元の人ならではのさまざまな現実から読み、そしてほぐすように解いていく。推理小説のように面白く、また知的好奇心を満足させる労作となっています。それを今回さらにわかりやすくお話ししていただきました。

地名があらわす神話世界

  高森町を歩きますと、自然に神話の世界に入っていくことができます。それは地形と地名がそのまま神話世界をよく物語っているからです。  健磐龍命(タケイワタツノミコト)は神武東征の逆の道をたどって日向に到着します。それから伯父神日子八井命(ヒコヤイノミコト)の宮居のある草部を指して進みます。その途中、幣を立てて天の神地の神をお祭りしたところが「幣立宮」といわれています。草部についた健磐龍命は伯父神日子八井命の出迎えをうけます。そしてその娘、阿蘇都媛命(アソツヒメノミコト)を妻として、一の宮宮地に向かいますが、その経過を伝えるお話が、「草部神話」と「阿蘇神話」とをつなぐ道であり、接点でもあるのです。  高森地区には「祭場(まつりば)」という地名がありますが、それは健磐龍命夫妻が祭をしたからそういう地名になりました。「峰の宿」は一夜の宿を取られた場所。汗で汚れた布を洗われた川が「洗川(そそかわ)」、その布を乾かされたのが「掛干(かけぼし)」、また、布が色に染まったので色見、川を渡り草履を履き替えた所が「草履園(ぞうりぞん)」、その川が「草履園川」。山にさしかかる前に舞を舞われたので「舞の原」、転じて「前原」。地名が足跡をたどるようにして残っています。

草部吉見神社について

 高森町にある草部吉見神社は、社殿が鳥居より百数十段下にある日本三大「下り宮」として有名です。  ところで、7月31日の例大祭もいくつか不思議なことがあります。  お神輿は一般的には猿田彦が先導役ですが、この草部吉見神社では白装束の人が先頭です。実はこの方は木本家の方なのです。日子八井命が草部に入った時、木本家の先祖が道案内したという神話伝承に基づくもので、それが今でも生きています。  さらに右手に持った梅の枝で、地を引きずるようにして先頭を歩いていきます。出雲佐太神社の「神等去出」の神事でも梅の枝を持ち、「お立ちお立ち」と唱えて神々を送り出すのですが、よく似ています。そんなところからも草部は出雲と何らかの交流があったものと思われます。

アオハゼという謎?

 草部吉見神社例大祭の前、村の長老が「アオハゼを編まんといかん」というのをよく聞いておりました。祭りを見てみますと、神社を出るとお神輿は浜床といわれるお旅所に着きます。そこの壁と床がこのアオハゼで編んだものでできていました。アオハゼとは青萱で編んだ薦(こも)のことだったのです。  ハゼを広辞苑で調べてみますと、「羽瀬…簗の一種」とあります。つまり漁撈民の使用する道具です。山深い草部に海人の影響がうかがえます。ここでも出雲との関係を推し量ることができます。そして、アオハゼでできたそのお仮屋は海人の「産屋」を意味するのではないか。それではその誕生とは…、私は新しい力あるものの出現の象徴のように思うのです。

牛神について

 「吉部吉見大明神国龍命御由来」には、「草部吉見神社由緒書」が伝えない牛神の存在が記述されています。そして、一見平和な国譲りのような場面が描かれています。実際、草部に牛神という地名が残り、小高い丘の上に小さな社祠が祭られているのですが、これは地主神だったと考えられます。  それではなぜ「由緒」は牛神のことを伝えていないのでしょう?台頭する新勢力と、その軍門に下らねばならなかった旧勢力の関係がそこに表れているように思われてなりません。
 

なぜ「阿蘇神話街道」を書いたのか?

 よく豊かな地域づくりとか、住みよい地域づくりといいます。なかでも観光や文化ということをテーマに考えますと、まず自分たちの暮らしている地域の足もとの歴史を知るということが一番大切で、そこからしか未来は開かれていかないと思います。  阿蘇では四季折々に「農耕祭事」が催されます。そのたび、私は古えの農耕起源に思いをはせ、自然と対話する心を失わなかった古代の人々のことを考えます。大切なものを守り、次の世代へ伝えていくことは私たちの責務だと思います。私がこのたび著しました「阿蘇神話街道」も、豊かで住みよい地域への何かの一助にでもなればと願うものです。
    


【阿蘇神話街道】
~草部吉見神話を原点として~

著 山村 將護 定価 1200円
(本体1143円+税)

高森町草部地区には日本三大下り宮として有名な草部吉見神社があり、阿蘇神話とも深くかかわっています。
また地名起源神話も非常に多いことから、草部にまつわる神話伝承を同町出身・在住の著者がまとめました。
阿蘇の自然・景観だけでなく、歴史文化という魅力を紹介する本です。