ふるさと寺子屋講師をお招きしてテーマに沿って語っていただく昔語り

No.132 「天草・崎津天主堂あれこれ」

講師/建築家 上田 憲二郎 氏

天草・河浦町の崎津天主堂は、キリシタン文化を象徴し、歴史を物語る貴重な建造物です。 今回の講師、上田憲二郎さんは建築家としての立場から教会建築に深い関心を寄せる一方、現在老朽化が進んでいる建物の保守点検や修復作業にも取り組んでいます。 講演では「崎津天主堂あれこれ」と題し、天草のキリシタン史の周辺をお話ししていただきました。 要旨をご紹介します。


天草でひらいた南蛮文化


  天草河浦町に崎津天主堂があります。 波静かな入江に臨むゴシック風の教会は天草を代表する景観として知られます。

  天草にキリスト教がアルメイダによって伝えられたのは永禄9年(1566)のことでした。 たちまち多くの信者を獲得します。 しかし布教活動は次第に困難になっていきます。

  そのなかにあって、河浦では南蛮文化が花開きます。宣教師養成の神学校コレジオが置かれ、神学、天文学、医学、文学、絵画、音楽などの西洋文明がもたらされました。 またグーテンベルク印刷機では「天草本」が多数印刷され、帰国後の天正遣欧少年使節の伊東マンショら4人も学びました。

  コレジオの場所については本渡説もあります。しかしいずれにせよ、コレジオが置かれた7年間、天草は当時の日本におけるキリスト教と西洋知識の先進地でした。


天草・島原の乱と天草崩れ


  徳川幕府が禁教令を出したのは慶長17年(1612)のことでした。 宣教師への迫害、キリシタンの取り締まりはますます厳しくなっていきます。

  天草は検地で4万2000石と定められます。 これは実高の2倍という過大なものでした。 さらに凶作が追い打ちをかけます。 農民達は重税に苦しめられ、加えて信仰するキリスト教弾圧は過酷さを極めました。

  寛永14年(1637)、天草・島原の乱が起こります。 一揆勢は大矢野から上津浦、本渡と進撃し、富岡城を囲みます。 しかしこの要害の城への攻撃は失敗し、島原の一揆勢と合流、原城の攻防へと舞台を移します。

  原城に立て籠った一揆勢は男女3万7000人、対する幕府側は12万人にも及びました。 攻防3ヶ月、原城は陥落し天草四郎はじめことごとく殺害されました。

  しかしこれで天草のキリシタンが根絶やしになったわけではありません。 乱からおよそ160年後の文化2年(1805)、いわゆる隠れキリシタンが発覚する事件が起きました。 「天草崩れ」とよばれ、崎津、今富、大江、高浜などの天草西海岸一帯で、5000人以上の信者がみつかったのです。

  私は以前、隠れキリシタンといわれる墓を見せてもらったことがあります。 一見すると普通の仏教式墓なのですが、底には十字の印が刻まれていました。 その息の長さ、執着といったものにちょっと身震いのようなものを感じたことでした。


伝道から430年の今


  「天草崩れ」後もキリシタンの命脈は受け継がれていきます。 そして明治6年(1873)、禁教の高札は撤去されます。 晴れて信仰の自由が許されたわけです。 アルメイダの伝道から約300年後のことでした。

  ところがその5年後、崎津にも残っていた信者らが時の富岡敬明県令(知事)宛に転宗届を提出します。 解禁といってもそれは徹底していなかったようで、富岡県令はその届を却下しました。 明治の世になってもキリスト教はまだまだご法度だったといえます。

  現在、崎津教会の信徒会代表・山下富士夫さんは転宗届を出した信者のお孫さんです。 山下さん、そして崎津教会には天草のキリシタンの歴史、430年が今も生き続けているのです。

  その後は多くのフランス人神父が大江と崎津の司祭を勤められました。特に尽力されたのはフェリエ神父、ガルニエ神父、ハルプ神父です。 なかでもハルプ神父は現在の崎津天主堂をほとんど独力で資金を集め完成されました。 しかも、敷地は旧庄屋の敷地であり、明治6年までは絵踏みがなされた場所に、この天主堂は建っているのです。

  設計施工は長崎五島出身の鉄川与助氏。昭和8~9年の建設です。 尖塔を含め入り口から1つ目の柱までは鉄筋コンクリート造でその奥は木造です。 熊本では非常に初期の鉄筋コンクリート造の建物の一つです。

  鉄川氏はもともと大工さんですが、独学で教会建築を学び、生涯40近い教会を建てています。 その凄いところは数の多さもさることながら年を追うごとに技量が進化していった点です。 研鑽、努力を怠らなかった鉄川氏の業績は建築史の上でも貴重です。 熊本では崎津のほかお隣の大江天主堂、熊本市の手取本町協会も手がけました。  私は、天草のキリシタン史は崎津天主堂に凝縮されていると思っています。知れば知るほど価値ある建物なのです。 ただ残念ながら老朽化は避けられず、あちこちに傷みが生じてきました。現在私は修繕などのお手伝いをさせてもらっているところです。

崎津天主堂 大江天主堂

※現在、崎津天主堂応援募金会(小林俊次郎会長)では修復へ向けた募金活動に取り組んでいます。
  お問い合わせ先は天草観光協会 TEL:0969-22-2243