熊本の伝統工芸を代表する天草陶磁器、小代(しょうだい)焼、肥後象眼(ぞうがん)がいま燃えています。国の伝統的工芸品の産地指定に向けた準備が進んでいるのです。指定されると全国ブランドの確立、販路の拡大など産地の活性化が大きく期待されます。そこで、この取り組みをコーディネーター的な役割で支えてきた県伝統工芸館の吉丸良治館長に、熊本の伝統工芸のあり方や将来展望などについて語って頂きました。要旨をご紹介します。
永六輔さんの疑問
熊本の工芸を代表する陶磁器や肥後象眼は400年の伝統があります。いま話題の宮本武蔵の熊本時代とも重なります。武蔵が兵法のみならず諸芸諸能に優れた才能を発揮したことはよく知られています。その中の一つに海鼠(なまこ)透(す)かし鍔(つば)があります。見事な工芸品というほかありません。
ところで武蔵ですが、熊本での5年間は大変重要です。「五輪書」「兵法三十五ヶ条」「独行道(どくこうどう)」に見られる高い精神性は熊本において完成されました。「熊本に来なければ武蔵はわからない」のです。私はそのことを今回のNHK放映を機に多くの方々に、とりわけ熊本の方々に知って頂きたいと思います。
話がちょっとそれましたが、テーマの「肥後の工芸」について永六輔さんがかつて熊日紙上で疑問を呈されました。熊本の工芸には「なぜ伝統工芸品指定がないのか」ということです。言われてみれば確かにその通りです。国(経済産業省)の産地指定を受けている伝統工芸品は全国に200ほどありますが、熊本は一つもありません。それも熊本以外のゼロは北海道と千葉のみです。400年の伝統を持ち、肥後五十四万石の大藩であった歴史からすれば不思議といえば不思議なことです。
県伝統工芸館館長を仰せつかっている私にはショックでした。さっそく永さんに手紙を書き、熊本の工芸への応援をお願いしました。永さんは私の意を汲んで下さり、その後いろいろな場で熊本のこと、工芸のことなどを話したり文章にしたりしてPRしてくれています。大変ありがたいことです。
伝統工芸を産業に
県内でもこのままではいけないという機運が盛り上がってきました。指定には条件があります。まず100年以上の伝統があることです。これは江戸時代から続いているかどうかを意味しますが、この点については問題ありません。なにしろ400年です。次に10企業以上または30人以上の従事者が必要です。ようするに産地としてのまとまりがあるかどうかです。
熊本の場合、いい意味でも悪い意味でも強い職人気質の傾向があります。自らの腕に誇りや自信を持つのは結構なのですが、それはともすれば排他的になりがちです。いわゆる肥後もっこす。まとまりに難点があります。しかし、そうした思惑を超えて団体設立が相次いでいます。天草陶磁器、小代焼、肥後象眼です。それぞれに組織を立ち上げ、国指定に向けて動き始めました。
しかし、指定は新しい始まりです。そのことによって伝統工芸が産業として自立していくことがなによりも望まれます。それが雇用の拡大につながりますし、観光の活性化に寄与することにもなるのです。現在、京都は17品目、沖縄は13品目、金沢は10品目の指定を受けています。数の多さもさることながら、背後にはそれらを支える他の工芸品が数々存在していることを見逃してはいけません。そうした工芸品の総体が観光地としての個性ある魅力を生み出しているのです。指定によって単に箔がついたと自己満足するだけではだめです。
当然、後継者育成も必要です。伝統工芸館で肥後象眼の講座を開いたところ予想を上回る応募者がありました。伝統工芸の灯は消えていません。その意欲や情熱を今後の可能性にどう結びつけていくか、国の指定がそのきっかけとしたいものです。
天草陶磁器
・高浜焼
天草西海岸に産出する良質の陶石を原料としています。透き通るような白さが特徴です。
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・内田皿山(うちださらやま)焼
天草陶石を原料として白磁の食器類を中心に製造されています。
・水の平(みずのだいら)焼
天草陶石と粘土にワラ灰、木灰などの釉薬(うわぐすり)を掛けます。なまこ釉(ゆう)を特徴とします。
・丸尾焼
大物の水カメ、壺、土管などを作ってきましたが、現在は主に食器類がつくられています。
小代焼(しょうだいやき)
鉄分の多い土にワラ灰、木灰、ササ灰などの釉薬を掛け、重厚感のある素朴な作風を特徴とします。
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肥後象眼(ぞうがん)
鉄地に金・銀をはめ込み、さまざまな模様を描き出す工芸品です。江戸時代の初期に始まり、鍔や刀装金具類など数多くの名作が生み出されてきました。現在は「布目象眼(ぬのめぞうがん)」の技法で装身具などが作られています。盛り上がりのある重量感と鉄地の美しさが特徴です。
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