ふるさと寺子屋講師をお招きしてテーマに沿って語っていただく昔語り

No.090 「 御船の恐竜たち 」

講師/御船町恐竜博物館学芸員  池上 直樹氏

御船町は「恐竜の郷(さと)」です。約九千万年前の地層から恐竜化石が相次いで発見され、学術的にも「恐竜学」の先進地となっています。その拠点が御船町恐竜博物館。町内から出土した化石や標本などが展示され恐竜関係の資料や書籍も豊富です。今回の寺子屋塾は池上直樹学芸員に「御船の恐竜たち」を語って頂きました。


私は芦北郡田浦町で生まれ、三歳まで育ちました。その後離れましたが、熊大入学後、再び訪れる機会がありました。地質調査で出かけた先がたまたま田浦町だったのです。そればかりか、化石の採集地は私が小さい頃しょっちゅう遊んでいた裏山でした。懐かしさとともに出土する化石を手に今の時点で昔を考えることの不思議さ、素晴らしさに感動を覚えました。それが、現在の仕事を選んだ理由といえます。


日本最初の肉食恐竜の化石


恐竜は魅力的な存在です。化石からうかがうことはできませんが、それだけに想像力をかきたてます。ロマンを感じる方も多いことでしょう。御船町恐竜博物館も年々入館者が増え、定期的なセミナーへのご年配の方の参加も目立ってきました。

御船町は「恐竜の郷」と呼ばれます。わが国に肉食恐竜の存在が初めて確認された通称「ミフネリュウ」の歯化石を始め、多数の恐竜化石が発見されているからです。ではどうして御船は恐竜の"産地"なのでしょう。

四十六億年といわれる地球の歴史の中で、恐竜は二億三千万年前に出現し、一億七千万年以上にわたって栄え、六千五百万年前に姿を消しました。したがって恐竜化石はこの時代の地層がある場所でしか発見できません。御船を中心にした「御船層群」と呼ばれる地層は約九千万年前、まさに恐竜たちが活躍した中生代後期の白亜紀にできた地層です。しかも以前から保存状態の良い貝化石や植物化石が出土しており、「恐竜化石が出るならここだ」と注目されていた所でした。

ところで九千万年前ですが、そういわれてもピンと来ないでしょう。ここで一秒一回の割合で手を叩き、一秒を一年の長さと考えてみます。すると一分で六十回、つまり六十年です。これを九千万年前まで手を叩き続けるとすればどの位かかると思いますか。なんと三年です。恐竜の世界は私たちの通常の時間の概念を越えています。地形も同様です。大地というと私たちはどっしりしたイメージを持ちますが、地球の長い歴史のスパンで見るとダイナミックに動いているのです。


恐竜が語りかける地球の環境


化石採集はちょっとした「宝探し」の気分があって子供たちに人気です。実際、「ミフネリュウ」歯化石の発見者は小学一年生でした。現在、「恐竜の谷」と呼ばれる御船町天君ダム周辺では私も参加している学術調査が行われ、注目される成果が相次いでいます。ただし、この場所は立ち入り禁止区域ですので誰でもが入れる場所ではありません。その代わりといっては何ですが、近くにオープンな「化石ひろば」がありますし、博物館主催の採集セミナーも行っていますので、興味のある方はご参加下さい。

ところで化石というとどうしても恐竜に目が向きがちですが、貝化石や植物化石、また地層そのものへの関心も深めて頂きたいと思います。化石採集の目的は本当の自然の姿を考えるということだからです。例えばアンモナイトやトリゴニオイデスという貝の化石、これらは地層の時代を確定するための重要な化石です。恐竜探しもこれらとのセットの中で行われることによって当時の地球の姿、自然の状態などがより具体的に浮かび上がってきます。

恐竜が生きた時代は中生代です。「爬虫類の時代」といわれ、次が今に続く新生代「哺乳類の時代」です。御船町の恐竜の谷からはその哺乳類の下顎の歯や日本最古の被子植物の化石も見つかっています。実は白亜紀中頃、九千万年前頃の地層は少なく、空白の時代となっています。したがって今後、御船町から発掘される化石の研究はこの時代の空白をうめる有力な手がかりとなることが十分期待されるのです。それは取りも直さず生命の進化を考えることにもつながります。

二十一世紀を迎え、地球の環境ということがますます大切になってきました。化石はその地球の歴史や生命の進化の過程を語りかけてくれます。私が思うに、化石には環境の学習の基礎が刻まれているのです。昔も昔、大昔のことを調べて何になるんだという見方もあるかもしれませんが、過去を調べることは未来につながることです。恐竜というユニークなキャラクターを通じて、私たちが身の回りの自然や環境についてもう一度理解と関心を深めることになれば恐竜もさぞや喜ぶのではないでしょうか。

さて、六千五百万年前、恐竜が突如いなくなった点についても触れないわけにはいかないでしょう。隕石落下説など多くの説がありますが、現在のところはまだ分かっていません。いつ頃からか、恐竜は「鳥」という子孫にバトンをゆずり、今も大空をとびまわっているのかもしれません。そう考えると「生命のつながりってすごい」と感じるのは、私だけではないはずです。