ふるさと寺子屋講師をお招きしてテーマに沿って語っていただく昔語り

No.023 「 熊本の地名あれこれ 」

講師/元熊本伝統工芸館館長  熊本地名研究会事務局長  高濱 幸敏 氏

県観光連盟主催、県観光振興課後援「ふるさと寺子屋塾」熊本の歴史、文化を語り、知り、学び、伝えることを目的に毎月開催。県観光連盟発行「くまもとの旅」をテキストに、それぞれのテーマに沿った内容で、権威ある講師の先生を招き教授していただいています。


今月のテーマは、「熊本の地名あれこれ」です。


熊本にはムタ、ツルなどの地名が多く残っていると言われます。その言葉にはどんな意味があるのか、なぜ熊本にそんな地名が多いのかについて、高濱幸敏氏に御講話いただきました。その要旨を御紹介します。


草の茂る沼をムタという


皆さんは、地名研究会というのを御存じだろうか。私の友人の谷川健一という民俗学者が川崎で地名研究所をつくり、それに呼応して昭和57年の末に熊本でも私が呼びかけて熊本地名研究会を結成した。地名研究に難しい言葉の謎解きの面白さもあるが、私はありふれた地名の分布などを主に調べている。

地名は、私たちの祖先が各地に集落をつくり、社会生活の営みに即してできてきている。その意味で、地名は私たちの祖先の暮らしと密接に関わっていたはずだ。地名には大学、小学とあるが、地名の原点は小学にあるよう

地名を調べていくうちに、熊本にはムタとかツルという地名が多い、これは九州独特の地名ではないかということに気づいた。

まず、ムタについて考えてみたい。ムタという地名を地図で調べたら、全国に87あって、そのうち84が九州に集中している。県内では玉名平野、八代平野、熊本平野、阿蘇に多く分布している。このムタという言葉は、『日本国語大辞典』によれば、草が茂っている沼のことで、水が近い所という意味らしい。

ムタには、牟田とか無田の文字が当てられている。福岡の大牟田も、その系統の地名である。

沖積平野は、川の上流から運ばれてきた土砂が積もってできたデルタなので、湿地が多い。玉名平野は菊池川、熊本平野は白川、八代平野は氷川・球磨川が土砂を運び、新しい土地をつくってきたところだから、当然ムタの地名は多い。ムタは土地が肥えているので、水はけさえよくなれば、良田になるということで、さかんに開拓されてきた。

内陸部の阿蘇にムタが何故多いかというと、大昔、外輪山に囲まれた阿蘇谷は湖だったからであろう。阿蘇の神話にもタケイワタツノミコトが、外輪山を蹴破って、湖が流れたという話がある。ただ、阿蘇のムタは踏み込みが深く土地がやせていて、なかなか耕地として利用できず、開田がうまくいったのは昭和50年代になってからだ。

ムタの地帯には、シマという地名も出てくる。これは沖積平野の小高い所についた地名である。そういった場所にはコガという地名もある。

ムタに似ている地名で、ニタ(仁田)というのもある。「イノシシが背中にニタ(泥)をこすりつける」とか言ったりする。ムタとニタは同じ語源だというが、分布の仕方が少し違っている。ニタは阿蘇や球磨などの九州山地系や天草に多い地名で、五家荘にも残っている。

ムタは湿地であるが、湿田ではない。田を示すときは、ムタ田というので、混合しないように注意したい。


県内に748もあったツルの地名


ムタよりはるかに多い地名にツルがある。鶴の地名は全国にも多いが、鶴は九州独特の表記である。鶴は、鶴亀といってとても縁起のよい言葉で、鶴丸、鶴田などさまざまである。ツルが下鶴のように語尾につくと、意味が変わってくる。おめでたい意味ではなく、水の曲流部にできた小平地を指す。ツルは語源ははっきりしないが、どうやら朝鮮語からきた言葉らしい。木に巻つく蔓と両語源がある。

ツルという地名は、全部調べたわけではないが、県内に小字で748もある。民俗学の創始者、柳田國男は、日本人の祖先は川をだんだんさかのぼり、住みよい場所を見つけて定住していったと言っている。川の蛇行した所は洪水のときに平地をつくる。うしろは山手になっていて、水はけがよく、薪にも事欠かない。ツルはこんな場所のことだと思える。砥用町には、緑川の支流の津留川が流れ、川に沿って津留という村がある。この辺りは砥用町でも良質の米がたくさん穫れた一等地ということであった。

ツルは、明治の初めの頃には県内に26の村があった。集落地としても多い地名である。今は市町村合併がくり返されて、大字として地名は残っている。

北部町には、津留・津留畑・玉名には向津留、山鹿には上津留・下津留。この他にも菊陽町、蘇陽町、高森町など各地にたくさん残っている。


熊本のクマの語源は川の屈曲部か


川の曲がったところにできる小平地をツルともいうが、一般に曲部、隅、奥まったところをクマともいう。クマという言葉にはいろいろ議論があるが、クマは米作関係の語で、熊本の地名は米作の本源地という説もあるが、これはおかしい。熊本市の本荘にクマという地名が残っているが、ここは白川の屈曲部についた地名で、熊本のクマの語源も、ここからきているのではなかろうか。球磨郡のクマや、菊池はかつて隈府と呼ばれていたが、隈府のクマも一緒ではないだろうか。

ごくありふれた地名でも、このように人間と土地の関わりを調べてゆくと、地理、歴史、民俗のことまで興味深いことが次々にわかってくる。土地には、古代から人々の自然に対する愛着がこめられているようだ。


(総括表) 「ムタ」 「ニタ」 「ツル」 地名の地域別分布
地域別 小字数
(A)
「ムタ」地名
(B)
B/A×100
(%)
「ニタ」地名
(C)
C/A×100
(%)
「ツル」地名
(D)
D/A×100
(%)
熊 飽 3,690 23 0.60 1 70 1.9
宇 城 3,964 7 0.17 7 0.17 50 1.3
玉 名 5396 80 1.50 8 0.15 55 1.0
鹿 本 2,716 14 0.50 1 30 1.1
菊 池 2,881 11 0.38 5 0.17 88 3.1
阿 蘇 4,517 57 1.26 25 0.55 166 3.7
上益城 3,466 28 0.80 9 0.26 79 2.3
八 代 2,273 16 0.70 4 0.18 12 0.5
芦 北 1,989 8 0.40 10 0.50 49 2.5
球 磨 3,912 21 0.50 25 0.64 102 2.6
天 草 7,604 15 0.20 64 0.84 47 0.6
合 計 42,408 282 0.66 159 0.38 748 1.8