酒蔵のすぐ裏手は自分たちの手で米を育てる水田だ。馬耕で土は柔らかくなり、冬の季節にも水を張り、水鳥や水中生物などの生態系も守る。
「産土」は自然の恩恵を
大切にした私たちの哲学。
山奥で日本酒を醸す“道”です。
グラスに注ぐと静かに湧き上がる微細な泡も美しい。口に含めばふくよかに広がる上品で濃厚な香り。味わう余韻までが華やかだ。花の香酒造が2024年2月にリリースした『香子』は、江戸時代に流通した肥後米「香子」を3年の歳月をかけて復活させて醸した『産土』シリーズの最新作。「酒造りの工程も木桶で仕込み、生酛作りも“暖気入れ”という古典的な酒造りで味を追求しています。多くの酒蔵が1週間程度で済ませることを、1か月かけてやることになりますが、世界一の酒を目指すと決めたので」。淡々とした語り口にブレない思いを託すのは代表の神田清隆さんだ。
120年続く歴史があるとはいえ田舎の小さな酒蔵。神田さんが6代目となった14年前も経営危機の真っ只中だった。「経営を立て直したい一心で『獺祭』で有名な旭酒造を訪ねたところ、昔のような活気のある蔵に戻したいなら自分が酒造りを知らないと変えられないと。覚悟を決めて全工程を学ばせていただきました」。周囲の反対を押し切って修業した後、その全てを込めて製造した『花の香 純米大吟醸』が素晴らしい評価を受け、経営を軌道に乗せるまでに成長。それでも自分らしい酒とは何か、世界一といわれる唯一無二の最高の日本酒を造ろうと、改めて日本の風土や文化、熊本県や和水町のことを丁寧に見つめ直したそう。「ワインでいうテロワールとも違う、もっと自然の恩恵を大切にし、土着の生産風土でモノづくりに取り組む考え方が“産土”。量産や効率を考える商業化と逆行しますが、本来の菌と微生物の豊かな世界まで考えたとき、この地がいかに素晴らしい土地なのか気付き、ここで酒造りができる事に感謝しかなかった。だから素晴らしい個性を創り出せると思ったんです」。
こうして菊池川流域の豊かな水、この地で2000年の歴史がある米づくりの文化も一つにつなぐ日本酒『産土』が誕生。そのストーリー、強いメッセージは日本酒ブランドを超え、蔵人や米の生産者、地域をつなぐ大きな哲学のように共有された。「関わる全てに感謝して皆に良いつながりを」と神田さん。『産土』と歩む未来へ、希望に満ちた信念だった。
木桶では菌と微生物による醪の対流を助けるため、人が櫂(かい)という長い棒を使い「櫂入れ」という作業を優しく行う。
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- 今や日本中で木桶職人は一人のみ。それでも『産土』の仕込みに木桶を揃えた。
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- 生酛作りは、江戸時代の古典技法の酒造り。自然の乳酸菌が乳酸を生成するように暖気入れ作業で菌を導く。とてつもない労力をかけている。
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- 酒蔵の名を知らしめた『産土』シリーズ。最新作『香子』は右端。ラベルには、米を産み出す母体である「土」や日本酒を造るために必要な「菌と微生物」のイメージが描かれる。
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- 酒蔵のそばには穏やかな山々が。雨を降らせる低い雲が根を張るように山裾に延びていた。
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和水町
花の香酒造
0968-34-2055
熊本県玉名郡和水町西吉地2226-2
https://www.hananoka.co.jp