文化的偉人Cultural Greats
夏目漱石
格調高く示唆的な文章によって、人生や人間の心を表現し、時代を超えた普遍的なテーマとして、人間の本質的な無責任を鋭く指摘した夏目漱石は、不朽の文豪として世界中の人々に愛されています。 漱石は、慶応3年(1867年)、江戸・牛込馬場下横町(現・新宿区喜久井町)で生まれました。明治29年(1896年)4月13日、第五高等学校の英語教師として松山から熊本に赴任し、4年3ヵ月を過ごしました。これは、生まれ故郷以外で最も長く暮らした土地であり、熊本で結婚し家庭を築き、父親となったこの時期は漱石にとって最も安定した時期で、教師としても力を注いだ時期と言えます。熊本で暮らした家は6棟に及び、そのうち3棟が現存しています。 熊本時代には俳壇に新風を吹き込み、生涯に詠んだ俳句の4割を熊本で詠みました。また、九州各地を旅し、熊本での体験は文学作品にも深く刻まれています。五高生の素朴さを描いた『三四郎』、玉名市天水町小天の風景を背景とした『草枕』、阿蘇を舞台とした『二百十日』は、くまもと三部作と呼ばれ、熊本での生活がなければ生まれなかった作品です。このように熊本での漱石の足跡の大きさは計り知れないものがあります。
PROFILE
- 生没年
- 1867-1916
- 肩書
- 文学者
- 出身地
- 東京都
ゆかりスポット
上熊本駅
上熊本駅は1891年、池田停車場として開業し、夏目漱石が降り立った駅として知られています。高架化で移築され、現在は市電電停として利用されています。周辺には銅像、「吾輩通り」などがあり、漱石ゆかりの地として親しまれています。
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内坪井旧居
夏目漱石が、井川淵町の家のあと、転居した6番目の住居で、1898年7月から1900年3月まで、熊本で1番長く暮らした家です。長女筆子が誕生した思い出の家として知られています。現在は「内坪井記念館」として公開されています。
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五高記念館
夏目漱石や小泉八雲が教鞭を執った旧制第五高等学校(現在の熊本大学)の本館です。いわゆる「ナンバースクール」の一つで、化学実験場・赤門とともに国の重要文化財に指定されています。校舎の設計図をはじめ、職員履歴など貴重な資料が保存、展示されています。
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水前寺成趣園
細川忠利公が茶屋を建設し、陶淵明の詩に因んで名づけられた池泉回遊式庭園です。四季折々の自然と美しい庭園が楽しめます。京都御所から移築された古今伝授の間や、細川家歴代を祀る出水神社もあります。夏目漱石も熊本在住時にたびたび訪れ、俳句を詠んだゆかりの地でもあり、園内には漱石の句碑が残されています。
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大江旧居
夏目漱石が熊本で7つの住居を転々としたうちの4番目の家です。この家から、小説『草枕』の題材となった玉名市小天への旅行に出発しました。もとは、熊本市中央区新屋敷一丁目にありましたが、1971年に現在地に移築されました。現在は内部が公開されて、読書会なども行われています。
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くまもと文学歴史館
2016年にリニューアルされた「くまもと文学・歴史館」では、熊本にゆかりのある偉人の資料を多数展示しています。江戸から明治期の熊本の歴史資料も網羅されており、来館者は「くまもとの記憶」に触れることができます。
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峠の茶屋公園
明治30年末、夏目漱石は同僚で友人だった山川信次郎と小天温泉へ旅しました。小天へ行くには、鳥越峠と野出峠を通らなければなりませんでした。現在、鳥越峠には茶屋が再建され「峠の茶屋公園」として整備されています。茶屋には漱石関連資料が展示されています。
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野出峠の茶屋公園
明治30年末、夏目漱石が玉名市の小天温泉へ旅した際に通った野出峠の茶屋跡です。『草枕』の一節「おい、と声をかけたが返事がない」の舞台でもあります。かつて茶屋の前には「漱石桜」と呼ばれる桜の木があったそうです。公園には漱石が詠んだ「天草の後ろに寒き入日かな」の句碑があり、眼前には有明海、遠くには雲仙普賢岳が見晴らせます。
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北千反畑旧居
夏目漱石が、明治33年4月から7月まで家族と暮らした第7旧居で熊本で住んだ最後の家です。短い期間でしたが、漱石が書斎にした2階の部屋は当時のまま残されています。2023年度、熊本市が取得し、新たな観光スポットとして整備しています。
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草枕交流館
夏目漱石の小説『草枕』の舞台となった前田家別邸を管理し、小説の背景を紹介する資料館です。漱石に因むイベントも開催され、文学ファンに親しまれています。ガイド研修なども行われています。
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舒文堂河島書店
熊本市上通町に佇む「舒文堂河島書店」は、明治10年創業の歴史ある古書店で、漱石が足繫く通った場所として知られています。現在も和本・古文書・古書画等を多く扱っており、漱石が通った当時の面影を感じられるスポットです。
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大慈禅寺
大慈禅寺は、弘安元年(1278年)に曹洞宗の高僧・寒巌(かんがん)禅師によって開山された、長い歴史をもつ禅寺です。寒巌が残した文書や資料は「寒巌義尹文書」として、梵鐘とともに国の重要文化財に指定されています。禅に関心のあった漱石は五高赴任後、いち早くこの地を訪れ、『大慈寺の山門長き青田かな』と詠んでいます。
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前田家別邸
夏目漱石の小説『草枕』の舞台となった、明治の政治家・前田案山子の隠居所として建てられ、その一部が温泉宿として開放された別邸跡地です。漱石が五高時代に宿泊した「離れ」の6畳間と、浴場が現存しています。離れは1986年に修復され、浴場は2004年に当時のまま保存、上屋が復元され公開されています。
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草枕温泉てんすい
みかん園に囲まれた高台にある温泉施設で、大浴場や露天風呂から有明海や雲仙普賢岳を一望できます。夏目漱石が小説『草枕』の舞台とした小天ゆかりの温泉として知られています。
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明行寺
夏目漱石の小説『二百十日』ゆかりの寺として知られています。境内には樹齢数百年とされる「明行寺の枝垂桜」や、市天然記念物の大イチョウがあり、紅葉の季節には美しい姿を見せてくれます。
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二百十日の記念碑
夏目漱石が阿蘇登山で、道に迷った体験をもとに執筆した小説『二百十日』を記念して建てられた記念碑で、漱石が道に迷ったと推量されるあたりに建てられています。
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内牧温泉
古来温泉がありましたが、1897年、7カ所で温泉が湧出して以降、あちこちで掘削が始まり、当時40カ所近くあったそうです。夏目漱石は同僚で友人の山川信次郎と1899年夏に宿泊し、阿蘇登山を試みました。与謝野鉄幹・晶子夫妻が宿泊した「蘇山郷」は現在も営業しています。温泉街にはゆかりの記念碑なども残されています。
くまもとゆかりの
偉人たち
Great Men